現地での活動内容を毎日更新する予定でしたが、WI-FI電波が圏外で……。ごめんなさい。
さて、東北は宮城県、亘理町へ行ってきました。亘理町は、気仙沼や南三陸町のようにTV報道はされておらず、被害は小さいものかと思っていたのですが…
3日29日、深夜、神奈川の友人から車を借りるため相模原へ。
EFKのメンバー2名、友人1名、池谷の計4名。
東北自動車道を使用して仙台まで9時間の車移動でした。
仙台市内のガソリンスタンドは長蛇の列が。
少し前の都内でも同じような光景が見られましたね。
あんな感じです。
目的の亘理郡亘理町に着いて災害ボランティアセンターに車を停めました。
ボランティアセンターは町の武道館を利用したもので、町内、仙台市内、県外からのボランティアが集って情報交換や派遣先などを決めたりする、いわゆるボランティアの『活動拠点』です。
この災害ボランティアセンターで、数名のチームを作って、ボランティア要請をしている場所へ向かうことになるのですが、現場によっては1チーム10人編成になったりします。
僕らが現地に着いた頃は、まだボランティアの人数が50名程度しか居ない状況で、明らかな人員不足でした。さらに、このボランティアを現地へ宛がう『マッチング係り』なる人達も地元の人たちで編成されたボランティアで、これも数名しかいないのです。
私達が初日と2日目で作業にあたった場所は海が目の前に広がる荒浜という地区で、亘理町の中でも特に甚大な被害を受けてた所でした。
多くの家々が流され、大木や電柱が横たわり、道には瓦礫が散乱して…
TVで観た気仙沼や南三陸と同等の大被害のように思えたので、亘理町がTVで報道されないのが不思議なくらいでした。
小学校の体育館に、卒業式準備で紅白幕が掛けられていたのがとても印象的でした。
3.4.5日目と、他の地区も数箇所回ってきたのですが、どこへ行っても現地の方はとても元気で笑顔が多く、既に気持ちは前を向いているようでした。
現地の方々から伺った津波の話は、辛い話しが多く、中でも『自分達の死体がバラバラにならないように、自分と家族をロープで縛った』という話しが印象に残ります。
海に近い場所は、見渡す限り藻屑と瓦礫、車や船の残骸です。
自然災害の驚異を改めて知ることになったわけですが、そんな被災地でも夜空に散らばる星達や瓦礫を照らす朝日はとても美しく、この土地の素晴らしさを垣間見ることができたような気がします。
今回は5日間という短い期間での活動でしたが、また休みを見つけて亘理町にお手伝いに行きたいものです。
実は東京に戻ろうと東北自動車道に乗り込んだ時、亘理町へ引き換えそうかと本気で思いました…。できるならば、私はもうしばらく現地に留まって町の復興を見届けたかったのです。
亘理町は、震災の被害にあっても町民の笑顔が絶えない良い街です。
きっと、あなたのその手、その力を歓迎してくれることでしょう。
宿泊施設はまだ用意ができていませんので、私達のように車中箔になると思いますが、
水や食料など生きるために必要なものは現地で手に入ります。
ガソリンも少しずつ復活しています。興味のある方は行ってみては?
多くの人の力が活躍し、多くの人の生活が良くなりますように…。
亘理町HPはこちら(ボランティア募集情報が載っています)
http://www.town.watari.miyagi.jp/index.cfm/22,0,124,html
撮影:亀田森彦